人の心のありようを考えるときに、『人はなぜ生きるのか?』『生きようとするのか?』という疑問を抜きに考えることはできない。しかし、それに対する明確な回答は、おそらく未来永劫でないだろう。なぜなら、私たちが気がついたときには、すでに生きているからだ。
その発生のとき、意思などありそうに思えない小さな細胞は、たくさんのきょうだいたちと争って、ひとつの命としてこの世に生まれ出でた。「生(せい)」の争奪戦のすえ勝ち残った自分であるのに、なぜ、人はたやすく生きる意義を見失うのか? その命を手放そうとするのか?
「生きる」ことについて、私たちの心は何を持って生まれてきたのだろうか?
この章では、「生きる」ことについての、根源的な方向性について、話していこうと思う
その発生のとき、意思などありそうに思えない小さな細胞は、たくさんのきょうだいたちと争って、ひとつの命としてこの世に生まれ出でた。「生(せい)」の争奪戦のすえ勝ち残った自分であるのに、なぜ、人はたやすく生きる意義を見失うのか? その命を手放そうとするのか?「生きる」ことについて、私たちの心は何を持って生まれてきたのだろうか?
この章では、「生きる」ことについての、根源的な方向性について、話していこうと思う
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